表現の自由ではなく、経済的自由なんじゃないか? ~五十嵐被告裁判雑感
「「私のアート作品はわいせつではない」と起訴内容を否定し、無罪を主張した。」
五十嵐被告だが、まだ世の中の関心はあるのかな。個人的にはもうどうでもいい。仮に有罪でもせいぜい罰金刑だろう。
報道も結構、割れてるというか、報じている内容が色々だ。
NHKによると、
「検察は、「被告は活動資金が不足したため、自分の性器のデータを送信すると広告してインターネットで資金提供を呼びかけ、120人以上から100万円を集めた」などと主張しました。 」
と書いている。ここの、金銭の部分が色々だ。
TBSは、
「検察側は冒頭陳述で、「被告は自分の女性器そのものをスキャンし、作品を製作していたが、資金不足を補うため寄付を募り、寄付した人にデータを送信していた」と指摘しました。」
産経は、
「起訴状によると、五十嵐被告は平成25年10月と昨年3月、自分の性器と同じ形のものを3Dプリンターで作れるデータをインターネットを介して配ったほか、昨年7月に都内のアダルトショップで女性器をかたどった作品を展示したなどとされる。」
と、金のことは出さない。「配った」とだけ表現する。
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ここの部分が実は争点だと思うが、五十嵐被告側は分かってか「表現の自由」の問題だと主張している。ただ、NHKの報道のように、性器のデータを「配って」代わりに100万集めたのだとしたら、それは「売った」のと変わらないだろう。
クラウドファンディングなのだろうが、「寄付」をつのる、と。で、その「お礼」に何かを渡すと。なので、形式的には商取引ではないのだけど、実質的には売買行為なんじゃないか、というのが検察の主張。
「寄付してください、寄付してくれた人にはお礼にこれをあげます」
これは商売なんじゃないか? と。
なので、表現の自由の問題というより、経済的自由の問題なんじゃないかな、というのが今の感想。100万も稼いだわけだし。売春みたいなものじゃん。